真夏前線、異状なし
 


     


敦が助けた老女は、怯えが引けば背条もしゃんとしたなかなか闊達なご婦人で。
座り込んでいたところから何とか立ち上がると、
助かりましたと礼を言い、二人の若いのを自宅まで招いてくださった。
心配だったので素直についてゆけば、
さほど遠くはない、それこそそこを目当てにやって来た商店街に並ぶ店舗の一角で、

「わあ、駄菓子屋さんだったんですね。」
「駄菓子屋?」

眩しいのが苦手だからか、それとも変装の一環か、
淡い色の偏光眼鏡を掛けていた芥川がそれを外したほど、
昼間だというのにやや暗い店内は、
店舗が直接表の通りに接している戸口がガラス格子になっていて、
表からも店の中が見通せる仕様。
空間としては四畳半ほどもなさそうな狭さだが、
三方の壁には幾段もの棚が作りつけになっており、
ボール紙の箱ごと置かれた幾種もの駄菓子が所狭しと並べられていて。
そこから思ったことだろう、

「卸の店ではないのか?」

芥川がそうと訊いたところ、
店主の老女ではなく敦が “それが違うんだな”と微笑み、
教えてあげましょうと言わんばかりの様子でかぶりを振って見せる。

「小さい子がその日のお小遣いを握っておやつを買いに来れるよう、
 バラにすれば20円とか50円で買えるよう、
 箱買いにした駄菓子をいっぱい揃えてるお店なんだよ。」

ボクはあいにく縁がなかったけれどと、ちょっぴり眉尻を下げてから

「乱歩さんが甘いもの好きなんで。」

時々山ほどまとめ買いしに出かけるのへ
荷物持ちにってついてくんだよねと、くすぐったげに苦笑をし。
そんな敦へ、

「…何だ。ということは知ったのは最近か。」
「そゆこと♪」

お兄さんぶれたのが嬉しかったか、
頼もしい兄人から指摘されたそのまま
“ふふーvv”と屈託なく笑ってしまうところは罪がない。
そんな二人へ、いったん店の奥へと入っていった女主人殿、

「大したものはないけど、どうぞ お上がり。」

暑かったろうと、栓を抜いて差し出したのが 涼しげなぎあまん色の瓶2つ。
わあとお顔をほころばせ、
ありがとうと素直に手を伸べた敦から芥川へとリレーされたのは、

「ラムネだよ?」
「らむね?」

キョトンとする兄へ、おや、これも知らなかったの?と、
よく冷えた小瓶の半ばを指差して見せ、

「ここのくぼんでる方を下にするんだよ。
 でないとビー玉が口まで転がって来て上手く飲めない。」

「おやおや、いいとこの坊ちゃんらしいのによく知ってたね。」

最近はペットボトルのとか、普通の瓶に王冠で封をしてあるのとかが出回ってて、
こんな風にビー玉で封してあるの、なかなか見ないねぇなんて言われるのにと、
からから笑った御亭のおばあさんで。
髪こそ半白だが、やや細い身はしっかりしており、
口調も気丈で、先程だってそう言えば、
獰猛そうな犬にこそ塀に背中を預けるようにして後ずさっていたものの、
だからといって腰を抜かしたりはしていなかった。
というか、

「さっきの連中、
 通りすがりのおばあさんへいきなりあんなことしたんですか?」

思い出させるのは気の毒かなと思いはしたが、
ちょっと気になったのでと訊いた敦だったのは、
この店がシャッター通りの中、ここだけ 唯一営業中らしかったから。
そして、そんな彼が何をどう訊きたいかを察したのだろう、

「…いいや、あいつらはアタシヘの嫌がらせをしに来た奴らなのさ。」

たまたまの出会いがしらにされた嫌がらせじゃあないと、
うなじあたりで束ねていた髪のほつれをちょちょいと直しつつ
忌々し気に口にするものだから、

 「え、それって脅迫じゃないですか。」

しかもあんなおっかない犬まで連れてとは性が悪いにもほどがなくはないかと。
ただの恫喝以上の罪になるんじゃなかろかと、
他人事ながらもむかむかと眉を寄せ、判りやすく憤慨する虎の子だったりし。
薄暗い店の中では、
店主のおばあさんが付けたばかりのエアコンから吹き出されるぬるい風を、
天井近くに据えられた扇風機が首を振り振り緩く掻き回し。
昼へ向けて暑さが増したせいだろう、表からはセミの声もいつしか絶えていて、
微妙な静けさがじわりと満ちる。

 「きっとそうなんだろうよね。」

おばあさんは むすうと いかにもな顰めっ面になり、
小上がりになっている奥向きの一角の框の縁へ腰掛けると、
手近にあった団扇を手にする。

 「ここいらの店がほとんど閉まってるのも
  あいつらの“いやがらせ”のせいなんだよ。
  地上げって奴さ。」

裏手の普通の住まいも空き家が多いそうで、
ああそうなんだという顔になった敦にもそこは覚えのある単語であり、
探偵社への依頼、対処要望の案件にもなくはないからに他ならぬ。
本来は小さな土地をまとめて買い上げて有効に活用することを差すそうだが、
土地の値上がりを見越して、
そんなつもりもない人に無理から売れ売れと迫るものという印象が強い。
今以上に土地の価格がまずは下がらないとされた狂乱のバブル期に
暴力団が介入した強引なそれが横行し、
社会問題ともなった代物で。
あまりに手口がひどくなったことから、
本来は民事案件であるはずが
警察が介入してもいいとする適用法の幾つかをわざわざ公開されたほど。
曰く、

「脅迫罪や強要罪を適用できるから、警察へ相談すれば…。」

対応のしようもあるそうですよと言いかかったが、
おばさまはうんうんと頷きつつも、諦めモードなお顔をし、

「らしいけどねぇ。
 向こうも慣れたもので、
 ああすいませんウチの若いのが無茶遣ったようでなんて形だけ頭下げて、
 説教だけされて、何日かしたら別のが出て来て嫌がらせを繰り返すんだよね。」

「そんなぁ。」

本格的な裁判にでもする構えを見せりゃあ手を引くかもだが、
そこまでする暇も予算もありゃしない。
それでなくとも素人には腰の引けることだから、

「結局、みんなして親戚んちへ引っ込んじまったし、
 店屋をやってた人ん中じゃあ、もう商売は諦めてる人も少なかなくてね。」

パタパタと音させて団扇を振り振り言いつのり、
そんな状況でも自分は負けないということか、
こうしてお客様も来なくたって店は開けるし立ち退く気はないとお顔を引き締めたが、
何かに気づいたか不意にすっくと立ち上がると、
三和土に立ってた二人を追い抜くように戸口の方へと足を運び、
表へ向かって仁王立ちとなる。

「あいつら、強情張るとしまいにゃあポートマヒアの人が来ると言ってたが、
 アタシはそんなことには怖気ないよっ。」

意外な名が出て、敦も芥川もややギョとし、
え?と目を見張ったがそれ以上にハッとしたのが、
おばあさんの薄い肩の向こう、丁度T字路となってる道の向こうから
こちらへやって来るらしい人影に遅ればせながら気づいたからで。
強い日差しに炙られている黒ずくめのその人は、彼らにはようよう馴染みのある、

 “…中也さん?”

だったりしたからだ。




 to be continued. (17.07.29.〜)





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 *ちょっと長くなったのでとりあえずで区切ります。